「親方、だいたいの段取りが決まったので石の選定に問屋に行きたいのですが、ご一緒してもらえやすか?」
「おぅよ、あいつら石のこと全くわかってないからな。へんな石を置かれちゃぁ、たまんねぇ。よし俺が行く。」
かっこいい、さすが石工の親方ですね。えぇ違うの?携帯電話の設計部門でのひとコマですって!!この会話を分かりやすく翻訳すると
「部長、新製品の設計が固まったので半導体の選定を資材部と調整します。ご一緒してもらえますか?」
「分かった。彼らは調達のプロだが、技術的な事は我々でなければ分からない。僕も出席させてもらうよ。」
となります。ベテランの方で半導体の事を「石」と表現される方、たくさんいますね。なぜ偉大な先輩方は、半導体の事を「石」というのでしょうか? 諸説ありますが、面白いのでいくつか紹介させていただきます。
ラジオの部品に天然の「石」が使われていた
ラジオに使われている部品といえば、ICやトランジスタをはじめとする半導体です。以前は、真空管などが使われていました。いまでも真空管を使ったアンプなど人気がありますね。その真空管時代の前がなんと天然の鉱石を使っていたのです。日本でラジオ放送が始まった大正から昭和初期にかけて「鉱石ラジオ」が一般的に使われていました。鉱石の持つ検波特性を利用して電波の受信器に使っていたのです。昭和に入り「真空管式」も普及し始めましたが、価格が「鉱石式」の10倍程度と高値であったため、シェアの70%以上は「鉱石ラジオ」でした。その通り、受信機の主要部品が「鉱石ダイオード」=天然の「石」だったのです。
コンピュータの基幹部品は「磁石」だった
デジタル信号の処理は今も昔も「0」「1」の数字を使った二進数が用いられています。すべての情報をたった二つの数字で処理していくのです。スパコンも同じ原理で成り立っています。ではLSIやICが存在しなかった昔はどのように「0」「1」を操ったのでしょうか?! 1940年代に入り米国IBM社が二進数を使った計算機「Harvard Mark I」を製造します。後に世界最初のコンピュータと称される機械です。この計算機は「0」「1」の信号を「電磁石」のスイッチで処理していました。そうです!デジタル信号の処理に磁石が使われていたのです。
おまえが「球」なら俺は「石」
昭和に入りラジオも大量生産、国産化が進み徐々に「真空管ラジオ」も庶民が手の届く製品になりました。当時「真空管ラジオ」は、受信性能を真空管の本数で表していました。「これは3本真空管ラジオです。」言いにくいので「真空管」のことを「球(たま)」と呼ぶようになります。「これは5球スーパーです。」いまでいう「8ギガのってます」と同じ響きですね。1950年代に入り「トランジスタ」が「真空管」の牙城を崩し始めます。「真空管ラジオ」vs「トランジスタラジオ」の戦いが1960年頃激しさを増します。トランジスタも真空管同様に使用個数で性能を表します。「これは4個のトランジスタを使ったラジオです。」やはり長い。しかもライバルの真空管は、「球」という称号まで頂いている。トランジスタは四角いから「石」。そうです、「球」に対抗して「石」と呼んだのです。「これは最新の4石ラジオです。小型で5球スーパーよりも大幅に消費電力が低減されています。」ついに秋葉原で「球」と「石」の軍旗が激しく交わったのです。そして東京オリンピックを前に「石軍」が勝利を収めます。後に彼らは日の丸半導体と呼ばれるようになっていきます。
半導体は石からできている
半導体の基材といえば、「シリコン」ですよね。元素記号で「Si」珪素のことなんです。珪石から珪素を取り出し純度を高めたものがシリコンになります。シリコンは地球上に存在する元素としては、酸素についで二番目に多い物質です。「豊富な資源量による安定供給」「高純度化」「加工性」などの特徴があり半導体の基材として長年使われています。世界中至る所にある珪素ですが、鉱石から取り出すには大きな電力が必要となります。よってシリコンの産地は、珪素抽出が容易な鉱石があり、電力の安い地域となります。中国、ブラジル、ノルウェーなどが主要供給国となっているようです。さー!リバースしてみましょう。「半導体」は「シリコンウェーハ」から作られ「シリコンウェーハ」は「珪素」が結晶化したものであり「珪素」は「珪石」などの「鉱石」から抽出されたのです。よって半導体は、「石」なのです!!
まるで宝石、キラキラしている半導体!
半導体って小さいのに意外と値段が高いですよね。同じく小さくて高価なものに宝石があります。双方相場で価格が変動します。外的要因に左右され、関連市場に与えるインパクトが大きい、共に難しい相場です。嗜好品と実用品、対極にあるが共通点も多い。御徒町の宝飾問屋街と秋葉原の電気街は徒歩で10分程度のご近所さん。宝石相場に共感した半導体バイヤーが宝石バイヤーへのリスペクトを込めて取引する半導体を同じ表現の「石」と呼んだのかもしれません。宝石には神秘的な魅力があります。半導体も長年見ているとドンドンかわいくなってくるものです。EPROMのガラス窓の中は宝石箱、LSIは黒ダイヤ、サファイアのLEDを競り落とした時の興奮ときたら・・もうたまりません。私たちにとって半導体は宝石そのものなのです。
そして「石」の真相は?
「半導体」が「石」と呼ばれる仮説ですが、真空管の「球」に合わせトランジスタの呼称を考えた結果、四角いので「石」とした。真空管以前の部品が鉱石や磁石であったことから「石」という呼称が業界内で受け入れられ、広く浸透していった。後に「石」という呼称は「IC」や「LSI」などに引き継がれることとなる。「石」という言葉の響きにロマンを感じ、現在でも好んで使う昭和な人たちが存在する。生息域はエレクトロニクス業界で絶滅危惧種に指定されている。かくいう私も同じロマンチストである。
あとがき
夜の上野黒門町、老舗の蕎麦屋、客まばら。
突然男がテーブルを蹴り上げた。「ふざけるな!俺の事疑いやがって、こっちから辞めてやらぁ!」顔を真っ赤した若い男は、初老の旦那を睨み付けて店を出ていく。
田中浩次は、1952年取手の中学を卒業すると同時に上京、仲御徒町の宝飾問屋に丁稚として雇われる。次男だったこともあり、東京に骨を埋める覚悟で必死になって働く毎日。酒癖が悪いものの、男前で気風も良く、10年も経つと問屋街の若手リーダー格になっていた。その頃、問屋街では、駐留軍向けの宝飾品 がよく売れ、20件程度だった問屋が30件以上に膨れ上がり景気も良かった。
蕎麦屋に居た旦那は、この界隈で1,2を争う宝飾品問屋「川三貴金属」の番頭 長谷川保である。
棚卸で在庫が合わず浩次と揉めていたのだ。啖呵を切ってしまった以上店に戻ることは出来ない。これからどうしようと、フラフラ歩いていると秋葉原の入り口、末広町まで来ていた。
目 についた焼き鳥屋に入ると背後から声がかかった。「あら浩ちゃんじゃない」静江は、以前川三貴金属の店頭で働いた元同僚で、今はこの界隈の電気問屋で働いていた。「あっちゃー。保ちゃんに怒っちゃまずいでしょ。川三だけじゃなくて、問屋街にも戻れないよ。」言われなくても自分の置かれた状況は充分理解している。店には他に男が3人、いずれも静江の連れのようだ。押し黙りながら飲み続ける浩次。状況を察した静江の連れが口を開いた。 「お前さんいい男だし、押しも強そうだ。うちはアメリカ産のトランジスタを売ってんだよ。東京オリンピックも近いし、忙しんだ。来ねぇか?」こうして浩次の海松電気商会入りが決まった。
浩次は持ち前の積極的な営業でトランジスタを売りまくった。「うちの石あんたのラジオに乗せてくれよ。アメリカのテキサスで作ってんだよ。日本の石より絶対いいからさ。もう真空管の時代じゃねぇよ。」浩次は、宝石業界に未練があったのか、仲御徒町時代の営業文句をそのまま秋葉原でも使っていた。手にはトランジスタを持っていても、気分は御徒町を練り歩いていたのだろう。それを見た若手は「俺の石は純国産だぜ。見てくれよ石の裏『JAPAN』って入ってんだろ」と浩次の真似をする姿が秋葉のあちこちで見られるようになったそうだ。
下島元
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