Ellen Shen | 社員インタビュー

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はじめての上司は、同世代の女性。しかも外国籍で、少し変わった日本語を使う方でした。スピード感溢れ、実行力が抜群のSmart Woman。涼しい顔でグループ連結売上の30%以上をたたき出し、常に私の前をカッコよく疾走していたEllen。なぜ彼女はエリートの道を捨てて日本の地に降り、タイロテックに入社、そして去っていったのか。彼女の眼に映った等身大のタイロテックとはどんな組織だったのか。直属の部下だったシェルパこと、わたくし植木が彼女の本音を探る。

久しぶりの再会

久しぶりの再会 2015年初夏、横浜市郊外のキャンプ場でタイロテック恒例のBBQ大会が行われた。社員の家族も集まり毎年盛大に行われる行事だ。準備が整い始めた頃だった。「ゴブサターネ」変な訛に振り向くとストローハットにGUCCIのサングラス。どこから見ても目立ち過ぎのスレンダーな女性。そこには“Ellen Shen”が立っていた。自宅から2時間以上、電車を乗り継ぎ3才の娘と来てくれたのだ。私の勝手な思い付きでインタビューをお願いしてみると「ゼンゼンダイジョブよ。好きなようにしてよ。協力できることはなんでもするから。だけどDon’t be longネ。お楽しみが待ってるから。」即断でOKをくれたが、相変わらずのセッカチだ。以前に行ったBBQ大会で誰よりも率先し、火を起し黙々と肉を焼く姿が思い出される。



来日そしてタイロテックへ

特に日本が好きなわけでもなく、祖父が日本語通訳だったことぐらいしか接点はない。大学を卒業するとヒューレット・パッカードへ入社し、数年後キャリアアップのためIBMへマネージャとして移籍した。順調にキャリアをスタートさせていたEllenにとって、自分が日本で仕事するなんて考えたこともない。当時のボーイフレンド(今の旦那)が何を思ったか、突然日本の車メーカに就職した時から雲行きが怪しくなる。「飛行機に乗って飛んでいちゃったのよ。ビックリでしょ。責任もあったからしばらくはIBMに残ったけど、まー私も結局乗っちゃったのよ。DELTAに。」サバサバしている。そしてビールを一気飲み。ちょっとカッコいいが、土着意識の強い日本人には少々ついていけない。日本で働いたことがなかったため、規模は小さめの会社で文化と日本語を学びながら働きたいと考えていた。そこへタイロテックのオファーが舞い込んでくる。「最初のMTGは、ボスと子会社のイギリス人だけだったかな。なんか面白そうな会社だな。トライしてみたいな。って思ったらさ、契約したいって言ってきたんだよね、フフ」エリートのEllenにとってタイロへの入社は当然のように思えるが、本人は相当嬉しかったらしい。今も僕の目の前でニヤニヤしている。



The mission for Ellen.

The mission for Ellen. 最初に担当した業務は、シリコンウェーハ・ラップ用キャリアの輸入管理と国内営業のアシスタントだった。ケラケラ笑いながらEllenが話し始めた「ラップキャリア?シリコンウェーハ?最初に聞いた時、何語で聞いても意味が分からなかったよ。Subjectが分からないのに、英語と日本語でTechnicalな話をされても知らない、眠くなるだけ。ただね、日本のシリコンウェーハ技術が凄いのは直ぐに分かった。そんな世界一のマーケットでP.R.Hoffman社(米国)の日本代理店としてシェアNo.1を絶対にとってやると思ったね」飛行機と新幹線、レンタカーを駆使して日本中を飛び回った彼女は、順調にシェアを広げていった。入社から2年が経ったころにはアシスタントの枠を越えて彼女はデバイスの輸入を手掛けるようになり、独自のプランを練り上げ実行していく。今度は、Hong Kong, Seoul, Mainland, Taiwanを慌ただしく行き来する。
あ、思い出した。Seoul出張中にいきなりEllenいなくなっちゃって、あれっと思った瞬間、町中停電。どうしようと思いながら何とか金浦空港へたどり着いたら台風で全便欠航・・・・・。空港で右往左往していたら「お待たせーー」って髪切って染めて登場。急遽手配したホテルは「ボスと植木は相部屋ね。私は一人部屋。」ほんとマイペースで呆れた。(余談でした)
その後、彼女は、Hong KongとShenzhenに子会社を設立し、Seoulに提携会社、ManilaにBranchを開設、日本のタイロテックと合わせアジア圏に強固なネットワークを築き上げる事となる。そうTQ Group Asiaの生みの親。そしてEllenの築き上げたネットワークは今でも進化を遂げてマーケットに影響をもたらしている。ちょっと待って、この3年間で行動力も然ることながら彼女は日本語を習得していたのである。



価値観の違い、衝突も

順風満帆に日本でのキャリアをスタートしたように見えるが、当初は乗り越えなければならない問題もあった。育った環境も違えば、当然価値観も変わってくる。日本には「郷に入れば郷に従え」という風習が根強く残っている。コンサバな日本人とリベラルなEllen。同僚の意見を「No!」とバッサリ切り捨て、衝突する事もしばしばあった。「最初の1年はキツかったかな。みんな外国人を特別扱いしないし、文化の違いも感じて辛い時期もあったよ。でもね、私も少しづつ変わっていって、タイロも少しずつ変化してお互いが受け入れられるようになったのよ。そうなれば、もう家族と一緒。変な日本語を使うとみんな直ぐに指摘してくれるし、ボスもきちんと怒ってくれる。いい経験だったと思う。」彼女は、自らの身を削り、苦しみながら、旧態依然とした体質をリベラルで開放感のある今の社風に換えて行ってくれた、創造してくれた偉大な先人なのである。Ellenが去った今もなおその風は、潮流のごとくリベラル思想を持ち合わせた新人を集めてくれる組織となっている。



そして母、そして両立の壁

そして母、そして両立の壁 入社から5年、待望の新しい家族を授かることとなる。出産、育児休暇の後、一年後復帰。子育てと家族を優先するため時短出勤をすることにした。そんな折、ダーリンの転職が突如決まった。勤務地は、横浜から100キロ以上離れた場所だった。住み慣れた横浜から家族で離れることになる。通勤時間は、一日4時間近くになり、毎日フラフラになりながら帰宅。体調も崩すようになってしまった。仕事も時間が足りず満足のいくパフォーマンスを出せない。疲れきった顔のママは、子供と向き合えるのか。ダディが安心して仕事ができる状態なのか。自問自答を一年間繰り返した。そして退職を決意した。









ボスは、どう見てる?

社長にEllenの印象を聴いてみた。「優秀なんじゃない。部下ってよりも妹みたいな感じ。家の娘にも平気で『ダメでしょ!』って叫んでるし。震災の時、本気で娘連れて海外へ避難しようとしたのも驚いたよ。Yes/Noがはっきりしていて組みやすいよ。印象深いのは、台湾の世界最大手メーカのパーチェシングに日本メーカを引き連れて乗り込んだことかな。たぶん日本の中小企業であの会社の門を叩いた人はいないよ。勝算が低いのに、みんな連れて飛行機に乗ったのは、いい決断力だったし、彼女らしいと思う。」



新人や若手へのアドバイス

タイロテックへの入社を検討している人や若手に何かアドバイスを?との問いに「常に進化しているタイロテックだから、私の経験はもう必要ないかもね。でも、どんな会社でも基本が一番。分からないことがあれば声に出して聞くこと。同じことは何度も聞かないで、きちんとメモを取ること。自分のStrong pointを理解してTeamとして行動ができれば、結果は必ずついてくる。One for all, All for oneって感じ?一人で仕事をしているつもりでも、気付いたら皆で前進していることはよくあることよ。」と、個性の強い彼女から想像し難い、組織を重んじる答えを聞き出せた。
給料や勤務時間はどうでしたか?「日本での経験が少ないから何とも言えないけど、Bonusは良いと思う。勤務時間は、すぐ帰る人もいれば、晩くまで頑張っている人もいる。私はフルの時期、6時半から7時の間に帰ってたかな。みんな朝は早いよね。」仕事へのやりがいは?「次から次へと新しいProjectsが来るのよ。3か月後何やってるか分からないけど自分のやったことが結果として残るのが面白いかな。」印象に残る仕事は?「そりゃ、TQ Group ASIA。海外に事業所作って、動かして。面白かったよ。それとトラブル処理も印象的ね。『またかよって』感じで。」「みんな協力的で直ぐにフォローしてくれるから、安心して仕事を進められるかな。」

「入社したころ実は業界のことはほとんど知らなかったわ。でもミスの中で発見することが出来る。間違っても自信を持って口から発することが一番効果的に成長できる。あとは、解決するのに一人ではないということを分かっていればGOAL設定は容易いかもね。」と、ビールとA5ランクの牛肉を頬張り気分が良くなったのか饒舌に語り出す。「新人の子は、最初ボスが怖いかもね。私も最初の一年はちょっとね。でも安心して、そこまで悪い人じゃないから。ちょっとPoison Tongueなだけ。放っておけばいいのよ。」相変わらずというか、、、貴方こそ毒舌のような。




思いは横浜へ

思いは横浜へ
退職後は、何をしていたのか?と聞くと嬉しそうに「Tyroを辞めて直ぐに、家族でHawaiiへ行ってリフレッシュしたよ。崩していた体調もすぐに戻って、娘もダーリンもうれしそうで。」ホノルルの海でも思い出しているのか、乙女の瞳になっている。次の瞬間、その爽やかな笑顔は、オフショアの風に乗って僕の横をすり抜けていった。
現在彼女は、都内の外資系企業で働いている。「もともとじっとしていられない性格だから」そんな理由で通勤可能な範囲で再就職をしたという。今後の夢や理想は?と聞くと「いつか横浜に戻りたいの。日本に来てずっと住んでた町だから好き。限られた家族との大切な時間を好きな場所で過ごしたい。その時は、Tyroに復帰するから席空けといてね。」元部下の性なのか即答で「了解しました」と応えてしまいました。でもEllenが帰ってきたら、会社がもっと『わちゃ・わちゃ』して面白そう。Ellenのペースで仕事をするのも嫌いではない。

♪ 帰ってこいよ 帰ってこいよ カエッテ コォーイィヨー ♪


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